第13章 資金調達
<本章の目的>
本章では、資金調達について学習する。多分に財務的な論点であり今日的な論点が含まれて いる。
資金調達に関連した論点としては、資本コストの考え方及び計算が重要である。資本コストは財務的論点では様々な局面で登場するからである。また、資金調達の形態は必ず暗記すべき ものである。

☆1.資金調達の形態
企業の資金調達は企業金融とも呼ばれ、その形態は次のように分類される。 -
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>1.外部金融と内部金融
企業金融は 金調達源泉が企業の外部であるか内部であるかによって外部金融と内部金融に分類される。

(1)外部金融
企業が所要資金を外部から調達することを外部金融といい、企業間信用、間接金融、直接金融に分類される。

企業間信用
商品売買に伴うもので買掛金、支払手形を意味する。売買代金の決済を一定期間経過後に行うことによって、商品の買い手からすれば、その分、資金調達を行ったことになる。

直接金融
 証券市場を通じて株式や社債を発行し、本来の資金所有者である家計や個人から直接に必要な資金を調達することをいう。

間接金融
銀行などの金融機関を通じて間接的に資金調達を行う方法である。資金の供給者と需要者である企業との間に銀行という仲介機関が介在するため、間接的な資金調達となる。


(2)内部金融
内部金融は自己金融とも呼ばれ、企業自らの資本運用による成果の蓄積である。 狭義には利益留保のみであるが、広義には減価償却費も含まれる。

利益保留
企業はその創業時においては、全て資金を外部の資金提供者から調達するが、やがてこの資金を運用して利益を獲得する。利益は、一部が配当として外部に支払われるが、残りは企業内部に留保され、次の活動資金とな る。このように、企業がその活動を通して内部的に資金を調達することを内部金融という。

減価償却
利益の留保だけにはとどまらない内部金融の源泉として減価償却がある。減価償却とは、すでに購入済の固定資産の価値の減少を利用期間にわたり費用化する会計上の処理である。これを資金的な側面から見ると、減価償却費の計上は現金支出を伴わない費用の計上であり、したがって資金が外部に流出するわけではなく、企業内に蓄積され、利用可能な資金を構成する。

内部金融は、金利の担保も返済も必要ないために最も理想的な金融といえ、企業はまず必要資金を内部金融で充足し、不足分を外部金融で調達すべきである。


>2. 自己資本と他人資本
貸借対照表の貸方は、負債の部と資本の部(純資産の部)に分かれるがー、前者を他人資本、後者を自己資本という。

(注) これまで、貸借対照表上で区分されてきた資産、負債及び資本の定義は必ずしも明示されてはいないが、そこでいう資本については、一般に財務諸表を報告する主体の所有者(株式会社の場合には株主)に帰属するものと理解されていた。しかし、今回の会社法では、弁済義務のあるものは負債の部に計上するものとして、まず負債概念を画定し、負債でないものを純資産の部とし、その上で株主資本は報告主体の所有者(株式会社の場合には株主)に帰属するものとしての位置づけがなされ、資産性又は負債性をもつものを資産の部又は負債の部に記載することとし、それらに該当 しないものは資産と負債の差額として「純資産の部」に記載することとし (企業会計基準第5号18項、20項、21項参照:以下「基準」と略す)、純資産の部は、株主資本、評価・換算差額等、新株予約権に区分されている (会社計算規則108条1項)。

なお、以前であれば、株主に帰属する資本が差額としての純資産となるように資産と負債が取り扱われてきたが、上記のように、資産と負債を明確にすれば、これらの差額がそのまま資本となる保証はない(基準第5号 21項)などの理由から、「基準5号」では自己資本を定義していないが、 ROE、自己資本比率などの財務比率については利用目的に応じて用いるべきとのスタンスをとっている。

さて、本テキストでは、以上のような「基準5号」の記述と論理にしたがって、また、先にも述べたように、中小企業診断士試験の過去の傾向からは会社法における純資産の部のうち「株主資本」に相当するもののみが中心に出題されており、他の項目はほとんどといって良いほど問われていないことを考慮して、特別なことがない限り、以下では会社法の貸借対照表純資産の部は「株主資本」であり、「自己資本」として扱うことにする。

<意味>
他人資本(負 負債)の代表的なものは 銀行からの借入れ、社債の発行、買入債務などで、いずれも企業が元本の返済、利息の支払いなどを約して負った債務である。
自己資本は株主から払い込まれた資金と、その資金の活用により獲得した利益の留保分からなる。

<両者の相違点>
 ①他人資本(負債)は、原則として返済期限が来たら元本を返済しなければな らないし、毎期決まった利息を支払わなければならない。他人資本による資本調達は これらの支払が不能になるかもしれないという貸し倒れリスク ( デフォルトリスク)にさらされる。
株主の払い込み資本は返済不要で、業績に合わせて配当を行えばよく、利 益留保分はもとより金利も返済も不要である。従って自己資本は、他人資本に比べ長期安定的な資本といえる。

②自己資本による資本調達と他人資本による資本調達のもう1つの違いは、 経営意思決定に対する影響である。
株主は株主総会の一員としてこれに出席し、決議に参加する権利を持つ。 これに対して、社債権者はこれらの権利を持たず、かなり限定的な影響力し か持たない。

企業の資金調達の方法は、企業側の事情と資本提供者のニーズに応えて多様化し ているのが現状であるが、自己資本か他人資本かの分類は企業の収益性と安全性に 大きな影響を与えている。


☆2.資本コスト
>1. 加重平均資本コスト
企業が資金を調達することは、資金を拠出する立場からいえば、投資を行っ とを意味している。すなわち投資する側からいえば、将来において何らかのリタ ーン(報酬)が得られるだろうと期待して資金を拠出する。その意味で企業は 調達した資金に対して何らかの対価を支払わねばならず、このコストのことを一般に資本コストといい、資本にかかる年間コストの資本に対するパーセンテージで測定される。
P222

これを企業サイド(資本の利用者の立場から見ると、資本コストは企業が資本の利用の見返りとして、その資本提供者に対して支払わなければならないコストであり、企業は少なくともそのコストだけの利益を獲得しなければならないから、資本コストの実質的意義は「必要利益率」であるといえる。
一方、資本提供者(投資家)から見ると、投資家が投資に対して要求する報酬、 要求利益(=要求利回り、期待収益率) といえる。

このような資本コストは、一般に次の2つの目的のために利用される。1つは資 金調達をするのに複数の調達源泉がある場合、どの資金調達案が有利かを判定するために資本コストが利用される。もう1つは資金運用の側面において、投資決定の割引率あるいは要求利益率として利用される。

 以下では、資本コストを負債コストと株主資本コストに分けて、調達源泉別の資本コストとそれぞれの資金調達額が与えられた場合の平均的な資本コスト (加重平均資本コスト)の計算方法について説明する。
加重平均資本コストは、当該企業の資本を構成する各資金源泉ごとの資本コストを、各資金源泉の金額の総資金額中に占める割合によってウエイト付けをし、平均 して計算する。

(1)負債の資本コスト
債権者の必要収益額は、有利子負債から支払われる利子である。

債権者の心要収益額=負債の価値×利子率= Drd 
 D:負債の価値(市価*1)  
 rd:利子率*2

*1 負債の価値は簿価からあまり乖離しないことが多いので、 簿価が使用されることもある。(市価か簿価かは諸説あり.)

*2 これまでに借りた利子率ではなく、現在借りる場合の利子率を使用すべきである。

ただし、 負債利子は税控除の対象となるので、企業の立場から見ると、 負債で調達した部分の税引後ベースでの必要収益額は、次のようになる。

債権者の税引後必要収益額=負債の価値 × 利子率 × (1-法人税率)=Drd (1-t)  ← 負債資本コスト
 t:法人税率

(2)株主資本コスト
(株式コスト)

株主の必要収益額=株主資本の価値 × 株主の必要収益率=Ere ← 株主資本コスト
E:株主資本の価値(株式時価総額)
re:株主の必要収益率 株主資本コスト

(3)企業全体の税引後必要収益額
上記(1), (2)の2つを加えると
企業の税引後必要収益額 =Drd (1-t) + Ere

(4)企業の加重平均資本コスト(WACC : weighted average cost of capital)
企業全体の資本コストを絶対額でなく収益率で表すために、上式の両辺を D+Eで割る。

企業の加重平均資本コスト (WACC)
P223

>2. 株主資本コストの算定
株主資本の調達コストは、株主の立場からは出資先に期待する収益率を意味するが、負債の利子率のように契約等で明示されないため、資本市場の状況を考慮して定めざるを得ない。株主資本コストの算定方法としては、資本資産評価モデル(CAPM)や配当割引モデルより求める方法などがある。

(1) 資本資産評価モデル(CAPM : Capital Asset Pricing Model)
これは株式のリスクに着目して「市場の変動に対する感応度β (ベータ ) が高い株式ほど期待収益率は高くなる」という関係に基づき、資本コストを算定する方法であり、CAPMは次の式で表される。

re=rf+β (rm-rf)

すなわち、
株式の期待収益率=安全証券の利子率+β(市場ポートフォリオの期待利子率-安全証券の利子率)
<株主資本コスト><リスク·フリー レート>

①意味

ある株式の株主が期待する利回り(株主資本コスト)reは、デフォルト(利払い不能、返済不能)になる危険のない安全証券の利子率(risk-freerate) rf にその株式のリスクに見合ったプレミアムを加えたものである。

②安全証券の利子率(rf)
CAPMを計算するに際して、デフォルトのリスクがない安全証券の利子率として、国債が利用される。

③リスクプレミアム
株式に対する投資は、国債への投資より危険が高いので、高い期待利回りを要求するリスクプレミアムとは、リスクに対して株主が要求する追加的な利回り (安全証券の利子率を超える部分)である。

個別株式のリスクプレミアムとは、(re--rf)すなわち、個別株式の期待収益率と安全証券の利子率(リスク・フリー・レート)の差額のことをいい、一方、市場ポートフォリオの期待利子率と安全証券の利子率の差額、すなわち(rm-rf)を市場ポートフォリオのリスクプレミアムという。
なお、市場ポートフォリオとは、市場で取り引きされている全株式の銘柄を、それぞれの時価総額(株価×発行済株式数)の比率で組み合わせたポートフォリオのことである。

上記のCAPMの式を次のように変形すると、個別企業の株式投資のリスクプレミアム(re-rf)は、株式投資全体のリスクプレミアム(rm-rf) を当該企業固有のリスクファクターβで調整したものといえる。 
re=rf+β (rm-rf)   →   (re-r) = B (rm-rf)

④ベータ (β)
ベータ(B)は、市場全体に対する当該企業の株価の変動しやすさを示す係数である(市場全体の値動きに対する個別銘柄の値動きの連動性)。市場全体が1%上昇したときに、その株式が何%上下するかという感応度を表し ており、次のような性質を持つ。

ベータが1より大きい→その企業の株価は市場平均以上に動く
ベータが1より小さい→市場平均よりも小さく動く(安定している)
ベータが1       →市場平均と同じように動く

例えば、X社のベータが1.5だとすると、平均株価が10%上昇するとX社 の株価は15%上昇するが、逆に平均株価が10%下落すればX社の株価は15%下落する、つまりX株はリスクが高いということになる。また、Y社のベー タが0.8だとすると、平均株価が10%上昇してもY社の株は8%しか上昇しな いが、その代わり平均株価が10%下落してもY社の株式は8%しか下落せずにすむ。つまりリスクが小さいということになる。

P225

(2)配当割引モデル(dividend discount model : DDM)により求める方法
これは、現在の株価と配当を用いて投資家の期待収益率(資本コスト)を算定する方法である。

①配当割引モデル(ゼロ成長モデル)による方法
株式の理論価格(株式の価値)は、その株式が生むキャッシュフローである配当の期待値を必要収益率で割り引いた現在価値である、という ある、という考え方を配当割引モデルという。

 配当割引モデル(ゼロ成長モデル)によると、投資家の期待収益率( 株 主資本コスト) reは次のように表せる。
P226_1
re:投資家の期待収益率(株主資本コスト)
D:配当
P :株式の現在価値

(導出)
この株式の現在価値の式を一般的に記号を用いて表してみると次のようになる。
t年後の1株当たりの配当の期待値をDt、t年後の株価の期待値をPt、株式市場の投資家の期待収益率をreとすると、投資家が1年間保有する株式について、その現在価値Pは次のように表される。
P226_2
株式のキャッシュ フローは配当と株式の売却収入であり、それを期待収益率で割り引いたものが現在の価値ということになる。
この考え方を2年後以降にも適用すると次のようになる。1年後の株価 P1はその時点の買い手の購入価格でもあるから、1年後にこの株式をP1で買った投資家が2年後に価格P2で売却すると考えると、株価P1は次のように評価される。
P226_3
これを上式に代入すると、
P226_4

以下、同様の考え方で2年後の株価、3年後の株価・・・・・・を考え、すべての Pt(≧2)について同様の手続きを繰り返すと次式が得られる。
P227_1
 将来のす べての配当Dが一定額D1に等しい場合、この式は次式のよう になり、
P227_2
次の式に収束する(注)。
 (平成8年度本試験第2問一部修正引用)

上式
P227_3
(株価 配当/投資家の期待収益率)は、株式の価値はその株式から投資家に支払われるキャッシュフローである配当によって決定されることを意味している。このように「株式の理論価格は現在の1株 の保有によって将来得られる配当を投資家の期待収益率で割り引いた現在 価値」であるという株式評価モデルを配当割引モデルと呼ぶ。

(注)

P227_4
は、
P227_5
を初項、
P227_6
を公比とする無限の等比数列の和であるので、

公式
P227_7
を使って次のように求める。
P227_8
以上の結果、投資家の期待収益率(株主資本コスト) reは次のように表せる。
P227_9

②一定成長配当割引モデル(定率成長モデル)による方法
配当を上記のように毎期一定であるとはせず、配当金が毎期一定率で成長すると仮定する株式評価モデルを、一定成長配当割引モデルと呼ぶ。

配当金を毎期一定率g(ただし、0<g<re)で成長させる場合、長配当割引モデル(定率成長モデル)によると、投資家の期待収益率(株主資本コスト) reは次のように表せる。
P228_1
re:投資家の期待収益率(株主資本コスト)
D:配当
g:配当の成長率(ただし0<g<re)
P:株式の現在価値

(導出)
一定成長配当割引モデル(定率成長モデル)によると、株式の現在価は次式のようになり、配当の成長率が高いほど株価が高くなることが分かる。
P228_2
P228_3
 以上の結果、投資家の期待収益率(株主資本コスト) reは次のよう に表せる。
P228_4
これは、一定成長の仮定の下で、投資家の期待収益率reは、当期末の予想配当額Dを株価Pで割った配当利回りと、配当の期待成長率gからなり、配当の成長がキャピタル・ゲインの源泉であることを示してい る。



>3. 資本コストと税金効果

さて、自己資本と他人資本とではどちらの資本コストが高くつくだろうか。この点については、 以下のように、投資家が負担するリスクと法人税の扱いの2面から考察できる。

リスク
投資家は負担するリスクが小さければ小さなリターンで満足するが、負担するリスクが大きければより大きなリターンを期待する(ハイリスク・ハイリターン)。

自己資本に対する投資、すなわち支配目的以外の株式投資はキャピタル・ゲインと配当の最大化を目指すが、これらはどちらも確定的に得られるものではなく、投資家にとって自己資本へのリスクは大きいといえる。
したがって、企業側からいえば、自己資本に対する資本コストは高くつく。

これに対し、他人資本に対する投資は、満期あるいは支払期日になれば 元本は戻るし、毎期の利息も確定的であり、投資家にとってリスクはより小さい。そこで、企業はより小さな資本コストで他人資本を調達できる。


法人税
自己資本に対する調達コストと、他人資本に対する調達コストとでは、法人税の扱いも異なる。
社債や借入金にかかる利息は税法上損金扱いになるのに対し、株主への配当は税引後の利益から支払われる。この点から見ても他人資本の調達の方が有利となる。

結論
以上のように、自己資本と他人資本を比べると、その調達コストは他人資本の方がはるかに小さく、企業の収益面からは、自己資本より他人資本による調達の方が有利といえる。



☆3.資本構成
企業の自己資本と他人資本の割合を資本構成という。つまり、企業がその必要資金を他人資本で調達するか、自己資本で賄うかの財務政策の集積が、結果として資本構成となる。このことは逆に、企業が資本調達をする際に、まず資本構成を念頭に置いて、具体的な調達手段を決めるべきことを示している。

>1.財務レバレッジ
企業における資本構成についてみるときに、まず、財務レバレッジについて触れておく必要がある。財務レバレッジは資本調達における負債の利用を意味し、その大きさは負債比率(負債/自己資本)または他人資本構成比率(負債/総資本)に よって測定される。

(注)中小企業庁の「中小企業の財務指標」では、「総資本÷自己資本【倍】」を 「財務レバレッジ」として、記載している。
今、以下のような資料によって財務レバレッジについて考えてみる。ここでは、 単純化のため利息以外の営業外収益・営業外費用、特別損益の項目はないものと仮定する。

P230

以上の資料<Ⅰ><Ⅱ>から自己資本利益率αは以下のように変形で きる。
P231
すなわち、

自己資本利益率<ROE> =(総資産利益<ROA>-負債利子率) × 負債比率 + 総資産利益率<ROA>


税引後の自己資本利益率を求めるには、上式の両辺に(1-税率)を乗じればよい。すなわち、

自己資本利益率(税引後)= 〔(総資産利益率-負債利子率) × 負債比率 + 総資産利益率〕 x (1-税率)


以上のことから次のことがわかる。

好況時で総資産利益率r<ROA>が負債利子率iより大きい時

借金をして負債の利用を高めるほど、言い換えれば負債比率(財務レバレッジ) が高いほど自己資本利益率α<ROE>は大きくなる(これをプラスの財務レ バレッジ効果、あるいは単に財務レバレッジ効果という)

不況時で総資産利益率r<ROA>が負債利子率iより小さい時
負債比率(財務レバレッジ)が高いほど自己資本利益率α<ROA>は小さく なる(これをマイナスの財務レバレッジ効果あるいは逆レバレッジ効果という)

また、説明は省略するが以下のこともいえる。
好不況の景気変動が起こる時、財務レバレッジが大きいほど自己資本利益率 α<ROE>のブレが大きくなり、財務的安全性が損われる。

さらに、負債の利用は1株当たり利益の変動性を高める効果もある。
このような、負債の利用によって株主が追加的に負担するリスクのことを財務リスクという。(これに対し、株主資本100%の場合に株主が負担するリスクのことを 事業リスクという。


>2. 日本企業の資本構成
上述のように、負債比率が高い企業と低い企業とでは、景気の善し悪しに対し、まったく異なる収益性の動きをする。
負債比率が高い(=負債が多い)企業は、好況の時は収益性が高く、不況の時は収益が上がらない体質を持つ。つまり、一般に負債比率が高い企業は、景気に対して収益性に大きなブレがあり、好況の時はよいが、不況になると一気に利益が上がらなくなりやすい。

わが国の企業の資本構成は、戦後、自己資本比率が低下の一途をたどり、1割台 まで下がった。そのような状態に陥った原因として次のことが考えられる。

(イ)大規模設備の必要性
敗戦によって設備を失い、経済再 建のため設備増強が必要となった

(ロ)増資・社債発行の困難
資本市場が未成熟であり、また中小企業では不特定多数のものから出資を仰げなかった

(ハ)借り入れの優位性
借り入れは最も迅速かつ容易な資 金調達手段であり、政府の一貫し た低金利政策もあって戦後の資金調達の最も一般的方法であった。 また金利が費用(損金)扱いされることも優位性を高めた

以上から、戦後の日本企業は、借り入れ依存型の資本構成を形成し、高成長期にはレバレッジ効果も働いて、目覚ましい成長を遂げていった。しかし、今日、経済は低成長期を迎え、また企業評価の観点や安全性からいっても、わが国の企業は、 資本構成の是正、すなわち自己資本の充実が求められている。

資本構成の是正策として、次のような対策が考えられる。
①増資、その他のエクイティ・ファイナンス(新株の発行を伴う資金調達)の奨励
②自己金融の推進・充実
③不要投資・不経済投資の回避


>3.最適資本構成
(1)伝統的管理論
「企業は、すべての調達資本の平均資本コストが最低となる点で資本構成を定めるべきである」とするのが、最適資本構成の伝統的理論である。すなわち  企業の収益性を考えて、最もコストが小さくなるような資本構成を採るべきであり、それは、ある一点の決定的な比率をもって表すことができるとするのがこの説である。

確かに前述の資本コストに関する理論どおり、自己資本より他人資本の方が調達コストは低い。しかし、他人資本による調達を際限なく増やすと、企業の利益 (財務リスク)を高めることになる。財務リスクが高まると、企業は資本の調達自体しにくくなり、資本コストも急激に跳ね上がる。そこで、財務リスクと資本コストの収益性(コスト)の双方を考慮した最適資本構成を採る必要がでてくるのである。
P233

総資本に占める負債の割合が増えるにしたがって、企業全体の平均資本コストは下がり、やがて最低コスト点に到達する。その点を過ぎると過大負債のため財務リスクが増し、負債コスト、増資コストとも急激に上昇し、平均資本コストも当然上がる。結局、平均資本コスト曲線はなべ底型(グラフ参照)を描き、その最低点の資本構成が企業にとって最適となるのである。


(2) MM理論
経済学者のフランコ・モディリアーニとマートン・ミラーは、企業の最適資本構成について、論理的かつ厳密な分析によって伝統的理論とはまったく反対の命題を導いた。それは、

法人税を無視すれば、また資本市場が完全(株式取引が完全)だとすれば、負債比率のいかんにかかわらず平均資本コストは一定であり、最適資本構成など存在しない。

というものである。

 注)完全資本市場
①情報がすべての市場参加者にコストなしに一様に行き渡る。
②取引費用や取引制限がない。
③商品の流動性が十分に高い。

彼らは、結果的にどの企業の資本コストも資本構成からは独立していると結論づけた。この説は、2人の頭文字をとってMM理論と呼ばれている。

P234

上図について以下に説明する。

①負債割合(負債比率)と自己資本コスト
財務レバレッジの最後のところで述べたように、負債比率が大きくなると自己資本利益率のブレ(変動の度合い)が大きくなり、財務リスクが大きくなる。 そのため、財務リスクの上昇に見合った自己資本コスト (株主資本の期待収益率)が大きくなっていくので、自己資本コストは右上がりの線となる。

②負債割合と負債コスト
債権者は、自己資本利益率がいかに変動しようとも、毎期一定額の利息の支払いを受けることが出来る。その意味で債権者は、負債比率がいかに変化しようがリスクを負うことがない。したがって、負債の資本コストは、負債割合の如何に 関わらず、無リスク利子率のところで一定値をとることになる。

③負債割合と平均資本コスト
平均資本コストは、負債の資本コストと自己資本コストの加重平均値である。 そのため、相対的に資本コストの低い負債をより多く導入することは、一方で平均資本コストを引き下げる要因になる。

しかし、他方で負債をより多く導入することは、 財務リスクの上昇を招き、自己資本コストの上昇を通じて、平均 資本コストを引き上げる要因にとなる。

そのため、平均資本コストを引き下げる要因と引き上げる要因とが相殺されて、結局、負債割合の如何にかかわらず、平均資本コストは一定の値をとることになる。したがって、モジリアーニとミラーによれば、企業にとって最適な 資本構成というのは存在しないことになる。

 「しかしながら、現実の資本市場(株式取引)は完全ではなく、したがって平 コス: 均資本コストも一定ではない。 MM理論は、あくまでも理論上の結論と位置づけられている。



☆4.配当政策
>1.配当政策の重要性
企業が獲得した利益は、一部は株主に配当され、それ以外は企業内部に留保される。企業が稼ぎ出した利益のうち、どれほどを投資家に配当として分配するかの決定を配当政策という。また、利益に対する配当の割合のことを、配当性向という.

経営者としては、最も安定した資金調達源としての内部留保をなるべく多くし、これを自由に運用したいと望むが、株主としては、利益が上がったならば、当然これに見合った配当を求める。もっとも、一般に株主が投資の見返りとして期待する利益には、配当などのインカム・ゲインの他にキャピタル・ゲインがある。
株式売却時に多額のキャピタル・ゲインを得るためには、株価、すなわち企業価値が上向きに伸びる必要がある。したがって、株主は企業に対し、配当と株価の最大化を期待するのである。

株主の利益
インカム・ゲイン
配当等株式の所有中に、株式所有を起因として受け取る現金収入のこと。
すなわち、投資の果実による部分を意味する。

キャピタル・ゲイン
保有株式の価値増加により、その株式を売却したときに株主が得る売却益のことをいう。すなわち、価格変動によってもたらされる利益のことをいう。

最適配当政策とは、結局、株価を最大化する配当性向を求めることにほかならな い。配当性向が低すぎれば、株主は不満を持ち、内部留保された多くの資金も適切に運用されるとは限らないため、結局、株価の低下を招く。また、配当性向が高すぎれば、企業の内部留保が減少し、企業が将来成長するために必要な資金を圧迫す ることになる。
P237

これに対してモディリアーニとミラーは、やはり、

資本市場が完全で、所有 と経営が一致しているとすれば、配当政策のいかんは株主の利益に関係なく、よって株価にも無関係である。

 と主張している。しかしながら、

現実の資本市場は完全でなく、不確実性もある。また、現代の企業は所有と経営が分離しているのが一般的であることから、MM理論は、ここでも有効と はいえないのである。