第3章 成長戦略
☆1.アンゾフの成長ベクトル
第1章の意思決定の項で記したように、アンゾフは企業のなかの意思決定を、業務的意思決定、管理的意思決定、戦略的意思決定に3分類した。

戦略的意思決定とは、「企業と環境との関係を確立する決定」であり具体的には、 企業が生産または提供しようとする製品と、それを販売しようとする対象である市場の選択の組み合わせである。それによって、企業がどのような事業に従事し、将来どんな事業に進出するかを決めていくことができる。

アンゾフは、特に戦略的意思決定の重要性を指摘し、そのための実用的枠組みづ くりをめざして理論を展開した。とりわけその理論は製品一市場戦略(注)に重点が置いている。この理論は企業が売上げを伸ばし、成長していくための方向性を表 してもいるので、「成長ベクトル」とも呼ばれる。

(注1) 外部環境の中でも特に、働きかける主な対象が市場であり、そして働 きかける手段となるのが、その企業の製品あるいはサービスであるため、 製品-市場戦略といわれる。

(注2) アンゾフはドメインという言葉を用いていないものの、市場と製品の 2軸で規定される企業の範囲を特定し、それに方向性を与えることを戦 略の要素とした。ここではドメインを製品-市場セグメント (segment は部分の意味)に関連して定義したものといえよう。


>1. 製品一市場戦略の構造
アンゾフはまず、図表3-1のように企業の成長を、1製品」と「市場」 とい う2つの次元で捉える。 -26

図表3-1 製品-市場戦略

   製品 現在   新規
市場
現在 ①市場浸透 ③製品開発 新規|
新規 ②市場開拓 ④多角化



(1)市場浸透戦略(Market penetration strategy)
 現在の製品、現在の市場に対して、売上げ増大、市場占有率の増大をねらう 販売努力がこれにあたる。
そのためには、広告の強化、価格の改定、ニーズに合わせた製品の改良,改 善、流通経路の整備等により、現製品を現市場により浸透させようと努力する。

(2)市場開拓戦略(Market development strategy)
現在の製品で新市場を獲得して売上げ増加を図り、企業成長を意図する戦略 である。
国内市場から海外市場への展開(海外進出戦略)、化粧品業界における男性な どへの新顧客層開拓、業務用から一般消費者向けへの販売などがこれにあたる。
新しい顧客や市場にあわせるために製品の改良,改善やマーケティングの手 法などを変えていくことが必要となることもある。

(3)製品開発戦略(Product development strategy)
現在の市場に対して新製品を開発·販売することによって新たな需要を掘り起こし、企業成長を図ろうとする戦略である。

(4)多角化戦略(Diversification strategy)
新しい市場に新しい製品を提供していくという戦略であって、もっとも戦略 性が高いものである。

上記のうち、特に重視されるのは多角化戦略である。それは本来の事業は事業 として遂行しつつ、並行して新たな事業分野を追加することで、企業全体の事業 構成を変えていくことであり、基本的な決定を意味するからである。

(参考) 撤退戦略
以上の説明では出てこないが、もう1つ有名な戦略に撤退戦略がある 現在の製品がライフ·サイクル(後述)の衰退期にあり、今後、需要減退が 見込まれる場合、あるいは市場占有率が低く競争上優位に立てる可能性がない場合、その事業分野から撤退する戦略をたてることがある。損失を回避し、犠牲を最小限にとどめて、投資を回収するために計画的に撤退することは、消極的ながら資源の有効利用に貢献する。1)全面的な廃止、 2) 別会社への分離、3)事業譲渡、4)他社への合併などがある。


☆2.多角化戦略
>1.  多角化のタイプ
多角化は、新しい製品および新しい市場の組み合わせによる新しい分野へと事 業の拡張を行うことである。新しい分野は現在の分野とは異なっているが、現在 の製品の技術や市場におけるマーケティングと何らかの関連があるものと考えら れる。多角化をこの関連性の違いによって、次のように4つのタイプに分けられ る。

 図表3.2 多角化のタイプ

製品 品 技術関連性あり 技術関連性なし 顧客 新!同じタイプ
                   製品          新製品 
             顧客        技術関連性あり   技術関連性なし
新しい使命(需要)
              同じタイプ                ①水平型多角化
              自らが顧客               ②垂直型多角化
              類似タイプ    ③a 集中型多角化                b
              新しいタイプ    c                             ④集成型 多角化

aマーケティングと技術の双方が関連しているもの
bマーケティングが関連しているもの
c技術が関連しているもの

出典:徳重宏一郎『経営管理要論,改訂版』、同友館, 1995年、118ページ


p29

(1)水平型多角化戦略(horizontal diversification strategy)

現在の製品に対する顧客と大体同じタイプの顧客を対象にして、新しい製品 部門に進出する多角化である。
既存の生産技術や流通経路を利用できるのでリスクを低く押さえることがで る。しかし、対象が同じタイプの顧客層であるため、企業の市場環境は従来に比べて大きく変わることはない。したがって、現在の市場に成長性がある場 合は収益の増大が期待できるが、市場が停滞している場合は収益の改善が得られず安定性が必ずしも優れているとはいえない。

(2)垂直型多角化戦略(vertical diversification strategy)
原材料のいわゆる川上分野から消費者のいる川下分野にかけての生産・流通過程において、複数の分野で事業を展開することをいう。現在の製品市場分野 を中心に、川下の分野に進出する前方的多角化と、川上分野に進出する後方的 多角化の2つがある。
後方的多角化の場合、原材料を安価にかつ安定的に確保できる。前方的多角 化の場合、販売市場を確保することによって競争力を高めることができる。
しかし、生産·流通段階の一部で生じた問題(ex,ストライキ、新製品の出現)がたちどころに他の段階にも波及し、企業の業績を一気に悪化させかねず 安定性という点では欠点がある。

(3)集中型多角化戦略(concentric diversification strategy)
既存製品と新製品との間で、技術とマーケティングの両面に、または、その どちらかについて関連性をもたせるような形での多角化である。

(4)集成型多角化戦略(conglomerate diversification strategy)

生産技術面でもマーケティング面でも関連性のない、全く新しい事業分野に 参入する多角化である。ハードもソフトも、これまでの事業経営とは異なるため、企業の合併·買収(M&A : merger and acquisition)の手段が、しばしば用いられる。
 成長力が高いと期待される分野での企業との統合で収益性を高めることがで きる。あるいは、自社の売上げの動きとは逆の動きをする分野での多角化を行 うことで安定化を図ることができる。しかし、経験のない異業種における事業展開であるため、他の多角化に比べてリスクは高い。


>2. 多角化戦略のねらい
(1)範囲の経済(economy of scope)を獲得すること
範囲の経済とは、複数の製品・事業を別々の異なる企業(会社)で生産,・営業する場合よりも、単一企業(会社)が複数の製品・事業を生産・営業する場合の方が、総コストが低いことをいう。これはある製品·事業の生産·営業プ ロセスの中に、他の製品·事業の生産 営業にコストなしで転用できる共通の 要素が含まれていることから発生する。
複数の事業間で販売チャネル、技術、ブランド、生産設備などの経営資源を 共有することにより、単独でその事業を行うよりも、より経済的に事業が行え る。アンゾフは、このような共通経営要素利用から生まれる効果をシナジーと 呼んだ。(注)

(2) リスク(risk:危険)の分散
共通経営要素をもち、シナジーを発揮できるような多角化(関連多角化とい われる)は、それだけ事業成功の可能性が増す。反対に集成型多角化(コング ロマリット的多角化)のように、現在の製品分野にも市場にも関連性のない多角化(純粋多角化とか無関連多角化といわれる)は、リスクが高く、成功の可能性は低い。
しかし、まったく異質の事業が同時にトラブルに 陥る危険性は少ないから、企業全体にまつわるリスクの分散には、事業間の関連性を低めた方が効果的である。このような意味でのリスクの分散には、無関連多角化が効果的である 。

(注)シナジー(synergy)
シナジーとは、総合されたいくつかの力が、それぞれのもとの力の和より も大きくなるという相乗効果をいう
。2+2=4ではなく、2+2=5になるような効果であるといわれ、複数事業間で資源の共通利用によ って得られ る効果である。つまり、企業が新しい製品-市場分野に参入していく際、 その新製品-市場分野と旧製品-市場分野との間の結合効果をいう。 シナジーが高いほど、企業全体の収益性も高く、新規参入部門の競争力も強く、新規 参入が成功する確率も高い。 共通する資源の利用の仕方で、シナジーは4つのタイプに分類できる。

①生産シナジー
同じ生産設備、人員、原材料等の共通利用によって製品1単位\りのコ ストが下げられることにより得られるシナジー。

②販売シナジー
同じ流通経路、販売組織、販売促進等の共通利用によって得られるシナ ジー。

③投資シナジー
工場,機械·工具の共同利用、原材料の共同在庫等によって得られるシ ナジー。

④マネジメントシナジー(経営管理シナジー)
経営者·管理者の能力やノウハウを複数の事業に共通利用することによ り得られるシナジー。


☆3.経営戦略の展開
>1.  経営戦略の展開方式
経営戦略をどのような手段ないし展開方式で実行していくかについては、内部 成長方式と外部成長方式とがある。

(1)内部成長方式
企業内部の経営資源を利用していく発展方式であり、R & D (research and development:研究開発)が相当する。 R&Dは自社内で時間をかけ開発した成 果を中心にして展開する方法である。

(2)外部成長方式
企業外部の経営資源を活用していく発展方式であり、合弁・提携、合併・買収(M&A)、系列化・集団化などがある。

①合併・提携
合弁は共同出資などにより複数の企業が共同で事業経営にあたる合併会社を作る方法である。提携は資本提携、人事提携、販売提携なによっ て、自社の資本やノウハウに加えて他社 の技術やその他のノウハウ 、あるいは資本等を活用する方法である。

②合併、買収(M& A )
これについては後述する。

③系列化、集団化
系列化とは、大企業が中小企業や関連会社を自己の下請け工場もしくは製品の販売協力企業として、その勢力下に集め、これによって生産工程の合理 化や恢売市場の確保を有利に進めようとすることであり、支配関係によって 成立する結合関係である。 集団化とは、何らかの形で歴史的に深いつながりを持つ複数の企業が金 機関を中心として、株式の持ち合い、系列融資、役員の派遣、集団内取引、 更には新会社の設立などの密接な関係を持ち、社長会などによる統合管理を 行うが、各会社間には支配関係を設定せず、協調関係にしている結合関係を い3,

(3)戦略展開後の組織形態
ある戦略を実行するために、ある展開方式が選定され、実行されると、その 結果として次の3つのタイプの組織形態ができあがる。

①コングロマリット組織
自社の業種と関連のない分野にわたる異業種企業間の企業結合、複合企業 のことで、典型的には、多角化戦略をM&A方式で展開したとき、このよう な組織形態が形成される。

②垂直的統合組織

原材料-部品-組立-卸売-小売といった製品の流れに沿った部門や事業部門や事業部、あるいは親-子会社をさす。

③水平的統合組織
同一の購買段階(もしくは同一の製造段階、もしくは同一の販売段階)に ある企業同士の結合によって(グループ化、合併・提携などで)生じる組織のことをいう。


>2 戦略展開方式としてのM&A

(1) M&Aの意義
M&Aとは、吸収合併(Merger) と買収(Acquisition)の略語である。
合併とは2つ以上の会社が合併契約に基づいて1つの会社に合同することであり、買収とは買い手である企業または個人が、相手会社の経営権ないし支配権 を全体としてまたは部分的に獲得することを目的として、売り手の企業から資産、営業部門、株式等を購入することである。
 M&Aの法的な側面については経営法務で学習する。

(2) M&Aの長所と短所
M&A (Merger and Acquisition :合併・買収)の長所と短所は次の通りで ある。

①長所
1) 新しい事業分野へ短期間のうちに進出できる(時間の節約)。既に存在する経営資源や組織をワンセットで入手することによって事業をつくる時間が節約できる。(ただし、水平型M&Aの場合は、新しい「事業分野」 ではない。)

2)既に営業して実績なり資産内容がわかっている企業を入手するのであるから、他の手段に比べ失敗のリスクが少ない。

3)経営資源能力の補完・補充
自社の持っていない経営上の能力を相手企業から得て、自社の弱みを補強できる。

4)規模の経済の追求・実現
同一の産業の企業同士のM&Aの場合には、生産や販売の規模増大によ る効果がストレートに発揮できる。


②短所
1) M&Aを行うという意思決定が短時間で行われるので、十分な調査が行えなかったり、評価に慎重さを欠いたりする場合がある。

2) M&A後、組織内部の統合、特に人の面でスムーズに行かない場合があ る。

(参考)
伊丹敬之、加護野忠男著『ゼミナール経営学入門』(日本経済新社 1994年、114~115ページ)においては、M&Aがリスクを含んでいる理由として次のことが指摘されている。

1)「M&Aが行われる段階で得られる情報が限られている」
2)「M& Aが行われる際の経営者の心理」の問題。「とくに野心のある経営者は、より大きな出来事を自らの判断で起こそうという方向で考えがち」であり、この結果、「後から見ると、適切ではない判断が行われる こともある。」

3)「企業文化の違い」のある「企業を統合するのが意外に難しいことである。」

4) [M&Aによって、重要な経営資源が失われる危険があることである。」 (例えば、人材の流出等)


(3) M&Aの分類

①買収分野を基準とした分類(形態別分類)
いかなる分野の企業をM&Aのターゲットとするかを基準とした分類。

1) 水平型M & A
同じ業種の中の他の企業すなわち競争企業をターゲットとするもの。
(目的)市場占有率の拡大、規模の経済の追求

2) 垂直型M&A
同じ業種の中の川上あるいは川下企業をターゲットとするもの。
(目的)原材料の購入から生産・販売までの一貫体制の確立によるトータ ル・コストの低減

3) 多角化型M&A
他の業種を含む企業をターゲットとするもの。
(目的)新たな高収益事業の獲得、ビジネス・リスクの分散


②相手方の合意の有無による分類
M&Aされる側の経営陣が、M&Aの提案に合意しているか否かを基準と した分類。 

1) 友好的M & A
M&Aに関する合意がある場合

2) 非友好的M&A(敵対的M & A)
M&Aに関する合意がない場合

従来、わが国においては「敵対的M&A」とよばれるものは、極めて例外的にしか存在してこなかった。しかし、例えばかつてのライブドア-ニッポン放送・フジテレビジョン事件に見られるように、わが国においても「敵対的M &A」が、当たり前の選択肢の一つとして考えられる時代に入りつつある。

ただし、「敵対的」か「非敵対的」かという従来の区分は、あくまでも現在の経営者にとって、(M&Aを仕掛けようとしているものが)「敵対的」か「非 敵対的」かという区分に過ぎない。今後は、企業の広範なステークホルダー(利 害関係者)を含めて見た場合どうなのか、また、そのM&Aによって企業価値はどうなると考えられるのか等が、考慮されなければならないだろう。


(4)株式公開買付
株式公開買付(TOB : Take Over Bid) とは、ある会社の支配権の取得ま たは強化を目的として、株式市場の外でターゲット企業の不特定多数の株主を 直接相手に、一定期間内に一定数量以上の株式を一定価格(通常は時価を超え る価格)で買い付けることを新聞等に公表して、株式を大量に取得することを い,イギリスではTOBといい、アメリカではテンダーオファーという。 わが国では、株式公開買付と称されている。このTOBのなかには特にLBOと呼ばれるものもある。

① LBO (Leveraged Buy-Out)
M&AでTOBを行うにあたって必要な資金を、ターゲット企業の資産や 将来のキャッシュ·フローを担保に銀行から借り入れたり、社債を発行して 必要な資金を調達する方法である。

② MBO (Management Buy-Out)
他社からM&Aの対象となっている企業の経営者が、自社の資産を担保に 資金を調達し、自社の株式を株主から買い取ることをいう。合併·買収され そうになった企業が自らの企業を防衛するために、行われるケースが多い。 また、MBOは企業組織の再編の手段として、不採算部門や不採算の企業 を切り離す際に、最も事業内容を知っている経営陣に売り渡す手段としても 発達してきている。


(5)リストラクチャリング
一般にリストラクチャリングは、合理化・人員削減対策として実施されることが多いが、本来は事業の構造の基本的組み換えによる経営革新の手法を意味する事業の再構築のことである。たとえば、

①不採算になっている部門からの撤退
②全国に散らばって存在している事業所の統合や閉鎖
③本社から事業部門を分離、分社化
等の手段をとることで、「製品や事業ミックス(組合せ)の変更」、「投資などによる借入金の削減による財務体質の改善」、「統合、買収、合併、撤退等による事業部門の改偏」等が行われるもので、そのなかでM&Aもリストラクチャリングの手段として使われる。


☆4.ボストン・コンサルティング・グループのPPM

1970年代以降、欧米企業の多角化がさらに進展するにしたがって、多角化をいかに行うかという問題とともに、多角化した事業活動をいかにして管理するかという 問題の重要性が増してきた。とりわけ、多角化した諸事業間に限られた経営資源をどのように配分するかという問題が重要になってきた。

ボストン・コンサルティング グループ(Boston Consulting Grou p : BCG) がGE (ゼネラル·エレクトリック社)の要望に応える形で開発したプロダクト, ポートフォリオ マネジメント (Product Portfolio Management : P P M) と呼ばれる手法は、特に資金の有効配分に注目したものであり、企業 ものであり、企業内の諸事業の間の資金需給のバランスをとることによって、安定した企業成長を図ろうとする手法であ る。
このPPMの理論的基礎には、経験曲線理論と製品ライフ・サイクル理論があるので、まずその説明から行う。


>1. 経験曲線
経験曲線(experience curve) は、累積生産量(ある製品の過去から現在に至るまでの生産量の総計)の増加とともに、製品1単位たりのコストが逓減する ことを示す経験則である(学習曲線とも呼ばれる) 。

このような現象が生じるのは、習熟による労働者の能率向上、作業の標準化と作業方法の改善、製造工程の改善、改良、製品の標準化、生産設備の能率向上な どの理由による。

経験曲線は、累積生産量が大きい企業は、低コストを享受でき、競争相手より も価格競争力が大きいことを示している。(さまざまな研究により、累積生産量 が2倍になると単位あたりコストが20~30%削減されるということがわかってい る.)

図表3-3 経験曲線
縦軸:単位あたり総コスト ↑
横軸:累積生産量  →
ナイキのマークの形

ここで将来のコスト低下を先取りして、低価格で需要を掘り起こし、競争相手 に対する相対的シェアを高めることによって、累積生産量の差を拡大できれば、 費用面での優位性が拡大でき、高い利益をあげることができるのである。

PPMとの関連でいえば、PPMにおいては後に見る図表3-5の横軸に「相 対的市場占有率」を採るが、この理論的基礎に経験曲線が存在している。
 前述のように、経験曲線の効果(単位当たりコストの低下)によって、相対的 市場シェア(占有率)が高いと、当該産業の需要量のうちの高い割合を自社が占め ていることになり、大量販売によって多くの資金が企業内に流入してくる。この ように、PPMの横軸の「相対的市場占有率」の大きさは、経験曲線を理論的基礎とした資金流入額に関連している


>2. 製品ライフ·サイクル
製品ライフ・サイクル(product life-cycle)とは、生物こ寿命があるように製品にも市場に導入されてから最終的に市場から消え去るまでの周期・寿命がある(製品の需要量にも消長がある) というものである。

寿命の長短には差異があるものの、その製品の需要は、導入期から始まっ て成長期に次第に増加し、やがて成熟期に停滞し、衰退期にいたって次第に減少する。
このように期間と需要量の間に関係があるといぅことである。

製品ライフ・サイクルの各段階ごとに、企業の競争の戦略は異なる。導入期導入期には比較的高価格で、先端顧客のみを対象としてスキミング戦略(上澄吸収価格戦略、初期高価格政策ともいう)が実行されるが、成長期になると、価格を武器にする企業が増えてくる。成熟期になると、差別化や市場細分化が重要な戦略となる。製品ライフ・サイクルの初期の段階では、製品技術の開発に力点がおかれ るが、成長期以降は生産技術の革新が重要になる。

図表3-4 製品ライフサイクル



縦軸:需量
導入期  成長期  熟成期  衰退期


PPMとの関連でいえば、PPMの図では横軸には市場成長率を取るが、市場成長率が高く、大量の需要増加が見込める場合には、例えば合には、例えば新規の顧客を獲得するための広告や販売チャネル作りにかかる投資が大量に必要となり、資金の流出量が大きくなる。このように、PPMの縦軸の市場成長率の大きさは、 製品ライフ·サイクル理論を基礎とした、資金の流出量に関連しているのである。


>3. PPM
PPMは企業の成長と存続を、その事業ポートフォリオの更新と、その内部に おける資源配分の問題として捉えようとしたものである。
PPMは企業が営んでいる複数の事業を、市場成長率と市場における相対的市 場シェア(ある事業単位についての業界最大のライバルのシェアと比較しての自社のシェア=「自社のシェア」/「業界最大のライバルのシェア」)の2つの基準によって分類した。

図表3.5 製品ポートフォリオの区分


↑        花形製品  0 ←  問題児
市場成長率 ↓       ⇒金のなる木から問題児
        金のなる木 +   負け犬  0   撤退戦略 OR 収穫戦略


  高   ←相対的市場シェア  低


⇒資金の流れ
→事業の位置変化

(注) 
プラス(+) 資金の流れ =資金流入の大きさ
マイナス(-) 資金流出の大きさ= 資金流出の大きさ

市場成長率は事業の資金需要(現金の流出量、投資必要額)の大きさと関連し、
相対的市場シェアは事業の資金供給力(現金の流入量)と関連する。





p40

(1)製品ポートフォリオの区分

①問題児(Question Marks or Problem Children)
市場の成長率が高く多額の投資を必要とし、その将来性が見込まれる。しかし、相対的マーケットシェアが低いため、そこで生み出される資金は少ない。そのため、 資金の流入よりも流出が上回ることになる。当面この事業が企業全体の資金 貢献することはない。

このような事業は、将来の可能性を評価した上で、その可能性のあるものに対しての選択的な投資が必要である。もしその投資を行わなければ、他企業に遅れ り市場から消滅してしまう。

多額の資金を注ぎ込み、マーケット シェアが十分に改善されるならば問題児 は花形製品に転換され、究極的には金のなる木へと変わっていく可能性がある。

②花形製品(Stars)
市場が急速に成長しているなかで、相対的に大きなマーケット シェアを占めて いるので、資金の流出が大きいと同時に流入も大きく、必ずしも資金を創出するかどうかわからない。

③金のなる木(Cash Cows)
市場の成長は停滞しているが、相対的市場シェアが高い。市場地位が高いので資 金創出力が強く、また市場が成熟段階にあるので、必要な資金投下は少なくてすむ。 その結果、当該事業は資金の流入が大きく流出が小さい。文字通り、この事業は大 きな資金(キャッシュ)を稼ぎ出す。

④負け犬(Dogs)
市場成長率は低く相対的市場シェアも低いため、その事業についての資金の流出 市場成長率は小さい。市場の成長の見込みがなく、事業は赤字になっている場合が多い。このような事業からは速やかに撤退(注)するか、投資極力抑え、収益を回収するという収穫戦略が考えられる。

(注)企業が特定の事業から撤退する際の障害を撤退障壁という。
一般に撤退障壁となるのは次のような問題である。

1)撤退による従業員の処遇の複雑さや雇用の確保、労働意欲の低下の問題
2)顧客や仕入先、流通業者などによる反対や彼らに対する信用の維持、 責任の遂行の問題
3)撤退による社会的評価の低下に対する経営者の感情的抵抗や経営者の自尊心の問題
4)多額の投資により、償却が進んでいない固定資産の存在やその転用可能性、処分可能性の問題
5)労働組合の反対の問題


(2)タイプ別の資金の流出入と資金の配分

「花形製品」は資金流入も流出もともに大きく、また「負け犬」は資金の流入・ 流出ともに小さく、結局、両者からは多くの純流入は期待できない。他方「問題児」 は、一般に莫大な投資(資金流出)を必要とする。つまり、実際に資金を生み出す のは「金のなる木」だけといってよい。

そこで「金のなる木」となる製品 事業をいかに多くもち、そこから生まれる資金を使っていかにうまく次の世代の「金のなる木」を育てるかが、企業にとっての 成功の鍵となる。そのためには、次の2つの方法が考えられる。

1) 「金のなる木」からの資金を「問題児」に投入し、その市場の成長性が高い うちに自社の高いマーケット シェアを獲得し、それを「花形製品」に育てあげる方法

2) 研究開発に投資をして、直接「花形製品」を作り出す方法

(当然、これらの「花形製品」は、シェアを維持するための投資を継続していた とで、いずれ「金のなる木」に育てあげる必要がある。)


>4.  PPMの欠点

(1)モラール(士気)の問題
各事業の役割を明確に差別化するのがPPMの特徴であるが、その結果、「負け犬」に位置付けられた事業単位の内部の人々の動機づけが難しくなる。

(2)経営資源の蓄積などの質的な評価が難しい
PPMでは、企業内部のキャッシュフローのバランスを取ることが重視されている。そのため、各事業部の資源の必要性と貢献は、もっぱらキャッシュフ ローによってはかられることになり、それ以外の基準が無視あるいは軽視さ ることになりかねない。例えば、本来、直接収益を生み出さなくても自社にとっての「経営資源(ノウハウなど)の蓄積」といった点で高い評価を受けるべ き事業部が適正に評価されないおそれがある。

(3)新しい分野への展開の手がかりにはなりにくい
PPMの分析対象は、既に進出ずみ(一定のシェアをもっている)の事業が 多い。多角化した事業からの撤退のタイミングを見出すための有用な情報を提 供するが、今後新しく新規事業として進出すべき、有望な事業を見出すことに は不向きといえる。

(4)自己成就的予言
社会心理学では、自己成就的予言という現象が指摘されている。ある事業部に負け犬というラベルが貼られてしまうと、その事業部内部の人々も、外部の人々も、この事業部をそのような目でしか見なくなる。その結果 、この事業部は本当に負け犬になってしまい、衰退するという人々の予言がより早く実現されてしまう。


> 5. 範囲の経済と規模の経済
 「範囲の経済」という用語と対比して使われる用語に、 「規模の経済」(economy of scale) という用語がある。「規模の経済」とは、ある製品、事業について、生産量・営業量の大きい企業の方が、製品単位当たりあるいは事業単位当たりのコストが低いことをいう。


(1)経験曲線と規模の経済の区別
経験曲線は、規模の経済と似ているが、これらの概念の間にはいくつかの違い が存在する。

規模の経済は、ある一定時点での生産規模と単位あたりの平均コストに注目するのに対し、経験曲線は生産の累積量と単位あたりの平均コストに注目する。また企業が規模を拡大しすぎると規模の不経済が生ずるとされているのに対して、 経験曲線のモデルでは累積生産量の増大にしたがってコストが上昇する局面は存在しない。

 規模の経済が一定時点という静態的効果を見ているのに対し、経験曲線では累積生産量をベースとした動態的効果を問題にしている。

図表3.6 規模の経済
縦軸:コスト(金額)
横軸:生産量(単位)
*「し」の字型 頂点X


(2)デファクト・スタンダード
経験曲線と関連して、デファクト·スタンダードという概念が注目をあびている。
デファクト・スタンダードとは「事実上の標準」のことで、例えば標準化機関 が定めた「公的標準」(デジュアリ・スタンダード)のように、だれかが決めたも のではなく市場の競争の結果として標準化した基準で、同時にグローバル·スタ ンダード(世界標準)である場合をさす。

この例として古くはビデオのVHS方式やマイクロソフト社のパソコン用基本 ソフト(OS)のウィンドウズなどがあり、最近では次世代DVD規格が事実上、 ブルーレイ「 Blu-rayDisc (ブルーレイディスク、BD) 」規格に絞り込まれている。これらのように、互換性が問題となる製品において国際市場で標準としての地位を確立すると、規模の経済の効果を獲得でき、経験曲線がもたらすメリット も享受することができる。


(2)ネットワーク外部性
近年、IT機器関連の産業での規格競争にからんで、「ネットワーク外部性」という用語が用いられることがある。
ネットワーク外部性とは、ネットワークに参加するメンバーが多くなるほど、ネットワークに参加するメンバーの効用が増加することを言う。規格がからむ製品の場合、より多くの人が使用しているのと同じ規格の製品を買った方が、データ交換やソフトの利用をするときに便利であり、こう考える人が多数派の製品を購入すれば、そのシェアはますます高まっていく。