第18章 AD-AS分析
<本章の目的>
本章では、これまで見てきた財市場・貨幣市場に加えて労働市場を追加し、総需要曲線・総供給曲線の導出及びそれらを使ってのマクロ一般均衡の決定までを見ていく。

☆1. IS-LM分析とAD曲線
>1. AD-AS分析
AD-AS分析とは、総需要ー総供給分析ともよばれ*1、第10章で分析したIS -LM分析(財市場と貨幣市場の同時均衡分析)に新たに労働市場を加え、財市場と貨幣市場と労働市場を同時に分析する手法である。
*1総需要: Aggregate Demand,総供給: Aggregate Supply

>2.AD曲線
(1) AD曲線の導出
AD曲線は総需要曲線ともよばれ、財市場と貨幣市場を同時に均衡させる国民所得Yと物価水準Pの組み合わせを表す曲線のことである。
第10章でみたように、財市場と貨幣市場を同時に均衡させる国民所得は、図表 18-1の下図(ISーLM分析)で財市場の均衡を表すIS曲線と貨幣市場の均衡 を表すLM曲線の交点E0における均衡国民所得Y*0に決定する。
また、I SーLM分析上ではY*0を実現するLM曲線として、M/P0=Lが存在する(M/P0 :実質貨幣供給、L:実質貨幣需要)。
図表18-1の上図には国民所得Yと物価水準Pの組み合わせがとられ、物価水準P0がとられている。
このとき、上図の(Y*0, P0)の組み合わせE0は下図のI S-LM分析の均衡点E0に対応しており、財市場と貨幣市場を同時に均衡させるYとPの組み合わせとなっている。
ここで図表18-1の上図において、マネーサプライMを一定とし、物価水準が P1まで低下すると、実質貨幣供給はM/P1まで増加し、LM曲線はM/P1に右方にシフトする。
この結果、財市場と貨幣市場を同時に均衡させる国民所得は、IS-LM分析上でI S曲線とLM曲線の交点E1で決定する均衡国民所得Y* 1に増加する。
このとき、上図の(Y*1, P1)の組み合わせE1は下図のIS-LM 分析の均衡点E1に対応しており、財市場と貨幣市場を同時に均衡させるYとPの組み合わせとなっている。このほかにもさまざまな物価水準とそれに応じた実 質貨幣供給にもとづく均衡国民所得の組み合わせが存在する。

図表18-1の上図に描かれる点E0やE1などの財市場と貨幣市場を同時に均衡させるYとPの組み合わせを考す点の集まりをAD 曲線(総需要曲線) とよぶ。
AD曲線は右下がりであり、AD曲線上ではつねに財市場と貨幣市場は均衡している。

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(2) AD曲線のシフト
政府が政府支出の増加や減税を行ったり、中央銀行が貨幣供給量を増加させると、 図表18-2の図①のようにIS曲線やLM曲線の右方シフトを通じて、Is- M分析上で国民所得を増加させる。
IS曲線やLM曲線のシフトにより、Y0からY1へ国民所得が増加するが、このとき物価水準はPoで不変と考えているため、図②の ようにAD曲線はAD0からAD1へ右方シフトする。反対に、政府支出の削減や増税を行ったり、貨幣供給量を減少させると、AD曲線は左方シフトする。
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(3)垂直のAD曲線
図表18-3の図①は投資の利子弾力性がゼロ、図②は貨幣需要の利子弾力性が無限大(流動性のわな)のケースを示している。物価水準がPoのとき、財市場と貨幣市場を同時に均衡させる国民所得は、図表18-3の下図で、IS曲線とLM曲線LM0の交点でY*0としてあたえられている。

ここで図表18-3の上図において、物価水準がP1まで低下すると、実質貨幣供給が増加するため、下図においてLM曲線はLM1に右方シフトする。この結果、 財市場と貨幣市場を均衡させる国民所得は、Y* 1に増加する。

さらに物価水準がP2まで低下すると、再び実質貨幣供給が増加するため、LM曲線はLM1からLM2に右方シフトする。しかし、財市場と貨幣市場を均衡させる国民所得はY* 1のままで不変となる。

図表18-3の上図の(Y* o, P0) (Y* 1, P1) (Y* 1 , P2)の組み合わせはどれも財市場と貨幣市場を同時に均衡させるYとPの組み合わせである。

この場合、物価水準がP,より低い水準では、財市場と貨幣市場を同時に均衡させる国民所得YはY* 1で一定である。
よって、投資の利子弾力性がゼロあるいは貨幣需要の利子弾力性が無限大( 流 動性のわな)の状態にあるとき、AD曲線は垂直部分をもつことになる。

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☆2. AS曲線~古典派とケインズ~
>1. AS曲線
AS曲線は総供給曲線ともよばれ、労働市場を均衡させる国民所得Yと物価水準 の組み合わせを表す曲線のことである。AS曲線の形状は古典派とケインズで大きく異なる。

(1)古典派のAS曲線
図表18-4の下図において、労働市場を均衡させる労働量は当初、点E0で決定する完全雇用労働量NFとしてあたえられている。図表18-4の上図には横軸に国民所得Y、縦軸に物価水準Pがとられ、当初の物価水準Poと、図表18-4の右図のマクロ生産関数にもとづき完全雇用労働量NFに対応する完全雇用国民所得 YFが示されている。Eoは下図Eoに対応するYとPの組み合わせである。

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ここで上図において、物価水準がP1まで低下すると、下図いおいて実質賃金はW/P0からW/P1まで上昇し、労働市場では超過供給が発生する。しかし、 貨幣賃金の伸縮性を仮定する古典派では、貨幣賃金の低下を通じて実質賃金が低下し、再び均衡は点E0に戻り、労働市場では完全雇用NFが常に実現し、それに対応する完全雇用国民所得YFが常に実現する。E1は下図E0に対応するYとPの組み合わせである。
点E0や点E1などの労働市場を均衡させるYとPの組み合わせである点の集まりをAS曲線とよび、古典派のAS曲線は完全雇用国民所得水準YFで垂直であり、AS曲線上では常に労働市場は均衡している。

(2)ケインズのAS曲線
図表18-5の下図において、労働市場を均衡させる労働量は当初、点E0で決定する均衡労働量No *としてあたえられている。図表18-5の上図には横軸に国民所得Y、縦軸に物価水準Pがとられ、当初の物価水準Poと、図表18-5の右図のマクロ生産関数にもとづき均衡労働量No*に対応する均衡国民所得Yo *が示されている。

ここで上図において物価水準がP1まで低下すると、下図において労働需要曲線はND1に左方シフトする。この結果、労働市場を均衡させる労働量は、点E1で決定する均衡労働量N1*に減少し、均衡国民所得はY1*に減少する。

点E0 や点E1などの労働市場を均衡させるYとPの組み合わせである点の集まりをAS曲線とよび、ケインズのAS曲線は右上がりであり、AS曲線上では常に労働市場は均衡している。ただし、ケインズの労働市場では、必ずしも完全雇用が実現しているわけではないので、この労働市場の均衡では不完全雇用均衡 も含んでいる。

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☆3.財市場-貨幣市場と労働市場の同時均衡
>1. 同時均衡の決定

AD曲線上では財市場と貨幣市場が均衡し、AS曲線上では労働市場が均衡している。したがって、図表18-6のAD曲線とAS曲線の交点Eが財市場・貨幣市場と労働市場を同時に均衡させる国民所得Yと物価水準Pの組み合わせである。このときの国民所得Y*を均衡国民所得、物価水準P*を均衡物価水準という。

古典派の場合AS曲線が完全雇用国民所得YFの水準で垂直になるため、古典派モデルでは均衡国民所得は常に完全雇用国民所得と等しくなる。

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>2· インフレーションの分類
物価の持続的上昇のことをインフレーション(インフレ) とよぶが、インフレ-ーションは原因や速さによっていくつかに分類される。

(1)原因による分類
①ディマンド・プル・インフレーション
第10章の ISーLM分析でみたように、政府支出やマネーサプライの増加は IS曲線やLM曲線の右方シフトを通じ、物価水準は不変のまま、IS-LM 分析上で国民所得を増加させる。これは図表18-7のAD-AS分析上で、AD曲線の右方シフトで表される。このとき、古典派でもケインズモデルでも物価水準は上昇(P*0からP*1)する。一方、国民所得については、古典派モデ ルではAS曲線が垂直であるため、完全雇用国民所得YFで不変となり、ケイ ンズモデルではAS曲線が右上がりであるため、国民所得は増加(Y*0からY*1)する。
このように、政府支出やマネーサプライなどの変化によるAD曲線のシフトが原因となる物価上昇をディマンド·プル·インフレーションとよぶ。

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②コスト・プッシュ・インフレーション
1970年代に発生した石油危機などのように、原材料費の高騰や労働者の貨幣賃金引き上げ要求はどちらも生産費を上昇させるため、物価水準が一定のもと で、企業の生産を減少させることになる。これは国民所得の減少をもたらすため、AD-AS分析上で、AS曲線の左方シフトで表される。

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このとき、ケインズモデルでは物価水準は上昇(P*からP* 1 )、国民所得は減少(Y*0からY* 1 )する。
このように、原材料費や貨幣賃金などの変化 による総供給ASのシフトが原毗なる物価上昇をコスト·プッシュ レーションとよぶ。


(2)速さによる分類
①クリーピング·インフレーション
「しのびよるインフレーション」とよび、年に2%から3%ぐらいの率 で 続的に物価水準が上昇している状態のことである。マイルド·インフレ-ショ ンともいう。

②ギャロッピング·インフレーション
「かけ足のインフレーション」とよび、年に数%から数10%ぐらいの率で持 続的に物価水準が上昇している状態のことである。

③ハイパー·インフレーション
物価が年に数100倍、数1000倍以上に上昇する悪性のインフレーションのことである。通常、戦争や内乱などにより膨大な財政赤字が発生し、政府に対する信頼が失われた場合に発生する。第1次大戦後のドイツやポーランド、1980 年代のボリビア、アルゼンチン、ブラジルなどで発生している。


>3. 初期ケインジアンのAS曲線
ケインズが『一般理論』を発表した当時は世界恐慌の最中にあり、失業者や遊休設備(使われていない設備)が多く存在していたため、需要が増加しても賃上げや設備購入を行わずに生産量を増加させることが可能であると考えられた。
そこで、 初期のケインジアンは水平の総供給曲線を想定し*1、総需要がどのような水準で あっても、均衡国民所得が完全雇用国民所得YFになるまでは物価水準は変化しないとした。また、完全雇用実現後は古典派の労働市場が実現すると仮定すれば、初期ケインジアンのA S曲線は図表18-9のように表すことができる。

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*1ケインズの経済理論を支持する経済学者をケインジアンとよび、イギリスのハロッドやロビンソン,T メリカのサミュエルソンなどが有名である。